肩が上がらない、夜間にズキズキ痛む、服を着替えるのも辛い…。
そんな悩みを抱える方が多く訴えるのが「肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)」です。
この記事では、原因・分類・好発年齢から、リハビリ評価・治療、国家試験対策まで、
医療職・学生にもわかりやすく徹底解説します。
理学療法士を目指す方や、日々の臨床で悩んでいる新人セラピストにも役立つ内容です。
📊統計
肩関節周囲炎は、40代後半から60代に多くみられ、男女比はほぼ同程度とされています。
日本整形外科学会によると、40代以降で約5人に1人が肩の痛みを経験しており、その中でも「肩関節周囲炎」と診断される割合は高く、臨床現場で非常に頻出する疾患の一つです(日本整形外科学会, 2021)。
また、厚生労働省「国民生活基礎調査」(2022年)では、「関節の痛み」の訴えの中でも肩痛は腰痛・膝痛に次いで3位であり、日常生活動作(ADL)の制限要因としても重要です。
原因
肩関節周囲炎(英:Frozen shoulder、一般には五十肩とも呼ばれます)は、肩関節周囲の軟部組織(関節包、靭帯、腱など)に炎症が起こり、可動域制限や疼痛を生じる疾患です。明確な外傷歴がないにもかかわらず、徐々に発症するのが特徴です。原因は完全には解明されていませんが、以下のように分類とリスク因子を理解することが重要です。
肩関節周囲炎の分類
分類 | 説明 |
---|---|
原発性(特発性) | 明確な原因がなく自然に発症する。多くはこのタイプ。 |
続発性 | 他の疾患や外傷、手術などに続発するもの。以下のようにさらに分類される。 |
・外傷性 | 肩の骨折や脱臼、捻挫後の不動など |
・術後性 | 肩関節や胸部手術後などの長期間の固定や可動制限 |
・疾患関連性 | 糖尿病、甲状腺疾患、心疾患、脳血管障害、パーキンソン病など |
特に糖尿病患者では肩関節周囲炎の発症率が高く、健常者に比べて2〜4倍と報告されています(参考文献:Hand GC et al. Shoulder capsulitis in insulin-dependent diabetes mellitus. BMJ. 1986)。
好発年齢と性別
- 好発年齢:40~60歳代
- 性別比:女性にやや多い傾向
「五十肩」という俗称の通り、中高年に多い疾患です。男女比では女性の方がやや多いとされ、特に閉経後のホルモン変化も影響している可能性があります。
出現しやすい疾患
肩関節周囲炎は単独で発症する場合もありますが、他の疾患と併存・連関することも少なくありません。リハビリテーションや理学療法の現場では、こうした疾患との関連性を多角的に評価することが求められます。
関連しやすい疾患
疾患名 | 関連内容 |
---|---|
糖尿病(DM) | 血糖コントロール不良によりコラーゲン変性が進行し、関節包の線維化が進む。肩関節周囲炎のリスクを約2〜4倍に高める(Hand GC et al., 1986)。 |
甲状腺疾患 | 甲状腺機能低下症・亢進症のいずれでも発症リスクが高まる可能性がある。特に自己免疫性疾患を背景に持つ患者は注意が必要。 |
脳血管障害(CVA) | 片麻痺側に発症しやすい。運動量の低下、関節の不動、筋緊張の変化が影響。 |
心疾患 | 心筋梗塞や狭心症の既往がある患者では運動制限や筋骨格系の不均衡により発症しやすい。 |
パーキンソン病 | 筋剛直と可動域制限、姿勢保持困難が関係し、肩関節へのストレスが増加する。 |
腱板断裂 | 腱板機能不全により肩関節の安定性が損なわれ、代償動作や疼痛による運動制限が続発しやすい。 |
頸椎症性神経根症 | C5〜C6領域の神経根症状が肩の運動・感覚に影響し、肩関節周囲の緊張や二次的な拘縮を引き起こすことがある。 |
これらの疾患が存在する場合、肩関節周囲炎の発症リスクや治療経過に大きな影響を及ぼす可能性があるため、理学療法士や医療従事者は疾患背景も含めた評価を行う必要があります。
解剖学
肩関節周囲炎を理解するためには、肩関節の解剖学的構造を把握することが不可欠です。肩関節は「可動性が高く、安定性が低い」構造をしており、その機能を支える複数の組織が連携して動作しています。これらの構造のどこかに炎症や癒着が生じると、肩関節周囲炎として臨床に現れます。
肩関節の構成
構造 | 説明 |
---|---|
肩甲上腕関節 | 上腕骨頭と肩甲骨関節窩で構成される。自由度の高い関節で、肩関節の主たる可動部位。 |
肩峰下滑液包(subacromial bursa) | 腱板と肩峰・三角筋の間にある潤滑組織。炎症により疼痛を生じやすい。 |
関節包 | 関節を包み、関節液を保持する膜。肩関節周囲炎ではこの関節包の拘縮が主要な問題となる。 |
腱板(ローテーターカフ) | 棘上筋・棘下筋・小円筋・肩甲下筋の4筋から構成される。関節の安定性を支えるが、炎症の波及や拘縮に関与する。 |
上腕二頭筋長頭腱 | 関節包内を走行し、肩の安定性にも関与。炎症の起点となることがある。 |
関節包と靱帯構造の特徴
肩関節の関節包は前方・下方にゆとりがあるため、拘縮が起きると外旋・外転・伸展の動きが最初に制限されやすいです。特に関節包の前下方(rotator interval)に強い線維化が起こると、腕を外に回す動作(外旋)で顕著な制限が生じます。
代表的な可動域制限パターン(関節包性拘縮)
- 外旋 → 外転 → 内旋の順に制限される
- この制限パターンは「カプスラーパターン(capsular pattern)」と呼ばれ、肩関節周囲炎の重要な診断指標の一つ
手術適応
肩関節周囲炎(いわゆる五十肩)は多くの場合、保存療法(薬物療法・理学療法・物理療法)で自然軽快が期待されますが、ごく一部の症例では手術的介入が検討されます。以下に手術の適応となる代表的な条件を示します。
手術が検討される主な条件
適応条件 | 解説 |
---|---|
6か月以上の保存療法に抵抗する強い可動域制限 | ステロイド注射・理学療法などを6か月以上行っても可動域制限が著しく残存し、日常生活動作に支障がある場合。 |
疼痛が非常に強く、夜間痛で睡眠障害を伴う | 安静時痛や夜間痛が持続する場合は、関節包の癒着や滑液包炎が重度である可能性がある。 |
関節鏡検査で明確な癒着所見や病変が確認された場合 | MRIや関節鏡により関節包の線維化・滑液包の肥厚などが確認された場合。 |
関節リリース術の必要があると医師が判断した場合 | 関節鏡視下関節包切離術(capsular release)が適応となる。 |
慢性化に注意
肩関節周囲炎は放置すると関節包や滑液包の線維化が進行し、関節拘縮が不可逆的になるケースもあります。したがって、理学療法や運動療法による早期介入が最も重要ですが、回復が見込めない症例では手術を視野に入れる必要があります。
手術の種類
肩関節周囲炎に対する手術は、関節包の癒着を解除して可動域を改善することを目的に行われます。代表的な手術は以下の3種類です。
1. 関節鏡視下関節包切離術(Arthroscopic Capsular Release)
もっとも一般的に行われる術式で、肩関節鏡を用いて癒着した関節包を切離する方法です。特に前方関節包やローテーターインターバル、腱板下滑液包などの線維化部位を的確に切離することで、外旋や外転の可動域制限の改善が期待されます。
メリット
- 関節内を観察しながら正確に癒着部を解除できる
- 低侵襲で術後の回復が早い
- 合併症が少ない
デメリット
- 術後に再癒着しないよう、リハビリが非常に重要
- 術中の鎮痛管理や技術に熟練が必要
2. 操作的授動術(Manipulation under Anesthesia: MUA)
全身麻酔下で、医師が関節を他動的に動かしながら癒着を物理的に断裂させる方法です。かつては多く行われていましたが、現在では単独での実施は減少しています。
特徴
- 短時間で可動域が改善する可能性あり
- 関節鏡なしで実施可能
注意点
- 骨折、腱板損傷、関節唇損傷などのリスクがある
- 現在は関節鏡視下関節包切離術と併用されることが多い
3. 肩峰下滑液包切除術(Bursectomy)
肩峰下滑液包の炎症・肥厚が主な疼痛の原因と判断された場合に行われる手術です。単独で行うことは少なく、関節包切離術の補助として併用されます。
目的
- 痛みの原因部位(滑液包)の除去により、夜間痛や動作時痛を軽減
- 腱板機能の改善を補助
術後のリハビリテーションの重要性
手術を行っても、その効果を持続・最大化するには術後すぐの積極的なリハビリが不可欠です。関節可動域訓練(ROM訓練)を開始しないと再癒着するリスクが高くなります。
エビデンス紹介:
関節鏡視下関節包切離術後、48時間以内にROM訓練を開始した群では、可動域回復が有意に良好であったとの報告があります(Yoo JC et al., 2019, J Shoulder Elbow Surg)[参考文献①]。
疾患や手術によって筋力低下しやすい筋肉
肩関節周囲炎では、可動域制限・疼痛による使用制限、筋活動低下が続くことで、特定の筋群の筋力低下が目立ちます。また、手術によって一時的に活動が制限されることも、筋萎縮の一因となります。
筋力低下しやすい主な筋群
筋肉名 | 作用 | 理由・背景 |
---|---|---|
棘上筋(supraspinatus) | 外転 | 使用頻度が高く、疼痛で回避動作が起こりやすいため萎縮しやすい。腱板筋群の中でも特に萎縮が著明。 |
棘下筋(infraspinatus) | 外旋 | 外旋制限や疼痛のため活動量が減少しやすく、術後も外旋動作の回復に時間を要する。 |
三角筋(deltoid) | 外転・屈曲・伸展 | 関節可動域制限や装具装着などによって活動が制限されやすく、筋萎縮が生じやすい。 |
前鋸筋(serratus anterior) | 肩甲骨の安定化 | 長期間の肩の不使用によって肩甲胸郭リズムが乱れ、協調性が低下する。 |
小円筋・肩甲下筋(teres minor, subscapularis) | 外旋・内旋 | 筋バランスの乱れや疼痛による動作回避により、活動が不十分になりやすい。 |
筋萎縮の臨床的意義
これらの筋が弱化すると、肩関節の安定性低下や運動時の不快感・不安定感が生じ、リハビリの進行にも影響します。そのため、筋力トレーニングと肩甲骨の安定化訓練が治療の中心となることが多いです。
臨床報告:
五十肩患者のMRIによる解析では、患側の棘上筋・棘下筋の筋断面積が健側に比べて約20%小さく、筋萎縮と脂肪変性の進行が報告されています(Yoon JP et al., 2015, Clin Orthop Surg)[参考文献②]。
動作への影響
肩関節周囲炎(五十肩)は、関節包や滑液包、筋腱の炎症・拘縮により肩関節の可動域が著しく制限される疾患です。この可動域制限と痛みにより、日常生活動作(ADL)や職業動作、趣味活動に大きな支障が生じます。
主な日常生活への影響
動作 | 必要な肩関節の可動域 | 影響の内容 |
---|---|---|
顔を洗う・歯磨きする | 屈曲:60°~80°、外旋:30° | 肩の前方挙上や外旋動作が困難で、介助が必要になることも。 |
髪をとかす・洗髪 | 屈曲:100°以上、外旋:45°~60° | 特に結髪動作は痛みにより回避されやすく、肩甲帯代償動作が目立つ。 |
衣服の着脱(特に上着) | 屈曲・外転:90°以上 | 服を脱ぐときの外旋や後方への伸展が困難で介助が必要になる場合も。 |
物を高い所に上げる・取る | 屈曲・外転:120°以上 | 痛みや可動域制限で困難となり、踏み台や他人の協力が必要となる。 |
寝返り・起き上がり | 屈曲・外転:50°~70°程度 | 寝返り時の患側への圧迫で激痛が生じ、睡眠の質が著しく低下する。 |
例:臨床観察
急性期では夜間痛による不眠が約70%に見られ(Kelley MJ et al., 2009)、慢性期には服の着脱困難、洗髪困難が最も多く報告される症状の一つです[参考文献④]。
代償動作の出現
肩関節の可動域が制限されると、以下のような代償動作が出現します:
- 肩甲帯の挙上・前方突出(肩甲胸郭リズムの乱れ)
- 体幹の側屈や回旋による手の位置調整
- 肘関節や手関節の過剰な伸展・屈曲
これらは一時的には動作を助けますが、他部位への負担や新たな疼痛の原因となるため、リハビリにおいて早期の動作修正が必要です。
理学療法評価
肩関節周囲炎の理学療法評価では、疾患の進行段階や可動域の制限、疼痛の程度、筋力低下、代償動作の有無などを多角的に把握することが重要です。評価結果は、リハビリの適切なゴール設定と治療計画の立案に直結します。
主な評価項目とその目的
評価項目 | 評価方法 | 目的 |
---|---|---|
自動可動域(AROM)・他動可動域(PROM) | ゴニオメーターを用いて肩関節屈曲・外転・内外旋を測定 | 拘縮の程度や可動域制限の進行具合を確認し、凍結肩のステージを把握 |
疼痛評価 | Visual Analog Scale(VAS)やNRS(Numerical Rating Scale) | 安静時痛・運動時痛・夜間痛の強度を数値化し、経過を客観的に追跡 |
筋力評価(MMT) | 主に三角筋、棘上筋、肩甲下筋、小円筋などを対象 | 廃用性筋力低下や腱板機能の回復状況を把握 |
ADL評価 | 肩関節障害に特化したDASHスコアやConstant scoreなどを使用 | 患者の生活レベルへの影響を数値化し、治療の成果指標とする |
代償動作の観察 | 動作中の肩甲帯や体幹の動きを観察・記録 | 正常運動パターンからの逸脱を確認し、動作指導の基礎資料とする |
姿勢評価 | 立位・座位での肩甲骨位置やアライメントを確認 | 肩甲帯不安定性や過度な前傾・内旋位を是正するための評価材料 |
触診 | 三角筋前部・肩峰下滑液包・関節包の緊張や圧痛部位を確認 | 炎症局所の把握と、治療部位の選定に役立つ |
ステージ別の評価ポイント
ステージ | 主な所見 | 評価の着眼点 |
---|---|---|
急性期(炎症期) | 安静時・夜間痛が強い、筋スパズム | 疼痛評価、炎症徴候、AROMの制限 |
拘縮期(凍結肩) | 疼痛やや軽減、著しい可動域制限 | PROMの制限、関節包パターンの出現 |
回復期(解凍肩) | 可動域の改善、筋力低下が顕著に | 筋力評価、動作時痛、ADL回復度合い |
🔎 臨床ポイント
触診や運動時痛の局在を詳細に評価することで、インピンジメント症候群などの併発疾患の鑑別にもつながります(Yoo et al., 2010)。
理学療法訓練
肩関節周囲炎に対する理学療法治療は、疾患の進行ステージ(急性期・拘縮期・回復期)に応じてアプローチを柔軟に変化させることが重要です。目的は、「疼痛軽減」「可動域の改善」「筋力の回復」「日常生活動作(ADL)の再獲得」であり、病期ごとの評価結果に基づいて個別性の高い治療計画を立案します。
🔵 急性期(炎症期):疼痛管理と炎症の鎮静化が最優先
目的 | 主な内容 |
---|---|
炎症・疼痛の緩和 | 安静保持、アイシング、物理療法の併用(後述)、関節包の緊張を和らげる間接的モビライゼーション |
過用の予防 | 痛みを誘発しない範囲での軽度な他動運動(例:Codman体操)で関節内癒着の予防 |
姿勢の保持 | 肩甲帯のアライメントを整えるポジショニング(枕支持など)を指導 |
🔍 注意点:過度な可動域運動は炎症を悪化させるため、疼痛誘発動作は厳禁です。
🟡 拘縮期(凍結肩):可動域制限に対するアプローチ
目的 | 主な内容 |
---|---|
関節可動域の改善 | グレードⅡ〜Ⅲの関節モビライゼーション、PNFストレッチ、サーモセラピー併用で組織の柔軟性を高める |
関節包の柔軟性向上 | 特に外旋・外転の制限に着目し、関節包パターンに応じた部位別の徒手療法を実施 |
代償動作の抑制 | 肩甲帯の過度な代償や脊柱の回旋を防ぎながらの誘導運動訓練(Hawkins徴候に注意) |
📌 臨床の工夫:ベッド上での他動内旋運動や、滑車運動装置による自動介助運動も有効。
🟢 回復期(解凍肩):機能再獲得と筋力強化
目的 | 主な内容 |
---|---|
筋力強化 | セラバンドや徒手抵抗を用いた等尺性訓練→等張性訓練へ進行(特にローテーターカフと肩甲帯筋群) |
動作訓練 | 実際のADLを想定した反復動作練習(例:洗髪・棚から物を取る・上衣の着脱など) |
姿勢制御 | 肩甲骨リトラクション、アップワードローテーションの安定化を目指した運動制御トレーニング |
✅ ポイント:患者に**“なぜこの動きを行うのか”**を説明し、納得感のある自主練習を促すことで、セルフマネジメントの意欲を高めることができます。
物理療法
肩関節周囲炎における物理療法は、疼痛の軽減と組織の血流改善、可動域の改善を補助する目的で広く実施されます。病期に応じた選択が重要であり、理学療法評価と併せて活用することで、手技療法や運動療法の効果を高める補助的手段となります。
🔵 1. 温熱療法(ホットパック・極超短波〈マイクロ波〉)
目的:血流促進・筋緊張の緩和・可動域拡大の補助
- 筋や関節包の伸張性を向上させることで、ストレッチやモビライゼーションの前処置として効果的。
- 特に拘縮期において、持続的な温熱刺激を加えることで筋・関節構造の柔軟性を高める効果が期待されます。
🔬【文献】Takuno et al.(2020)は、ホットパックと関節モビライゼーションの併用群において、肩関節外旋可動域と痛みの有意な改善を報告しています(J Jpn Phys Ther Assoc. 2020)。
🟡 2. 電気刺激療法(TENS・IFC)
目的:疼痛緩和と筋刺激
- **TENS(経皮的電気神経刺激療法)**は急性期〜拘縮期において、痛みのコントロールに有効。
- 低周波刺激により、ゲートコントロール理論に基づく鎮痛効果が期待される。
- 慢性化した症例では**IFC(干渉波)**を用いた深部刺激も選択肢となる。
🔬【文献】Lee et al.(2013)は、肩関節周囲炎に対してTENSを週3回実施した群が、痛みのVASスコアと可動域において有意差を示したと報告(Clin Rehabil. 2013)。
🟢 3. 超音波療法
目的:深部組織の加温・治癒促進
- 深達性の高い超音波エネルギーにより、腱・靱帯・関節包などの深部軟部組織に対してピンポイントで温熱刺激が可能。
- 非温熱効果(ミクロマッサージ)により、組織の修復促進にも寄与。
🔬【文献】Ebadi et al.(2012)のメタアナリシスでは、肩関節周囲炎に対して超音波療法は短期的な痛み軽減に効果があると示唆されています(Arch Phys Med Rehabil. 2012)。
🔶 4. 物理療法の注意点と臨床応用
疾患ステージ | 使用推奨物理療法 | 主な目的 |
---|---|---|
急性期 | TENS、ホットパック(低温) | 疼痛軽減・安静保持 |
拘縮期 | 超音波療法、温熱療法、干渉波 | 可動域拡大、筋緊張緩和 |
回復期 | 電気刺激併用の筋力再教育 | 筋機能回復・再学習 |
📌 補足:物理療法は「単独での治療」ではなく、運動療法・徒手療法の効果を最大化させる“準備”や“補助”として位置づけることが重要です。
ホームエクササイズ
肩関節周囲炎の治療において、病院でのリハビリに加えて自宅でのホームエクササイズを継続することが、回復の鍵を握ります。炎症の鎮静後や拘縮の改善に伴い、自動運動や筋力トレーニングの習慣化が求められます。
🎯 ホームエクササイズの目的
- 関節可動域(ROM)の維持・改善
- 痛みによる筋抑制の防止
- 姿勢・肩甲骨の協調性改善
- リハビリ効果の持続・再発予防
📌臨床的には、週に2~3回の外来リハビリに加え、毎日のセルフエクササイズが機能回復を促進するという報告もあります(Yoon et al., 2021)。
🏠 実施例:段階的なホームエクササイズ
時期 | エクササイズ名 | 方法 | 回数・頻度 |
---|---|---|---|
拘縮期 | テーブルスライド(前方・側方) | テーブルの上に手を滑らせるように動かす | 各10回×2セット(1日2回) |
拘縮期〜回復期 | タオルプーリー運動 | 滑車やタオルで患側を引き上げる | 各方向10回×2セット |
回復期 | 棒体操(振り子運動や肩屈曲) | 健側で支えるようにして動かす | 1日10分程度 |
回復期 | 壁歩き運動 | 指を壁に沿って歩かせるように昇降 | 10~15回/方向 |
💡 実施上のポイント
- 痛みの出ない範囲で行うことが原則。
- 温熱療法後や入浴後など、筋の柔軟性が高まったタイミングで行うとより効果的。
- 左右差・日内変動を観察し、ノートに記録することでモチベーション維持と再評価に繋がります。
📷 補足:患者向け配布資料の活用
可能であれば、エクササイズの写真やイラストを用いたパンフレットを提供することで、正確なフォーム維持と自主トレの継続率が高まります。
国家試験対策
肩関節周囲炎(通称:五十肩)は、理学療法士・作業療法士国家試験でも頻出の疾患の一つです。出題範囲は病態から評価・治療方針まで幅広いため、以下のポイントを中心に整理しておくことが重要です。
🎯 出題されやすいポイント
項目 | 出題の焦点 |
---|---|
疾患の定義 | 「明らかな原因なく肩関節の痛みと可動域制限を呈する疾患」であること |
好発年齢 | 40〜60歳代、特に50歳前後(五十肩と呼ばれる理由) |
病期分類 | 炎症期・拘縮期・回復期(それぞれの特徴とリハビリ目標) |
疼痛の特徴 | 夜間痛、運動時痛、自発痛の違いと時期による変化 |
可動域制限 | 外旋>外転>屈曲の順に制限されやすい(拘縮パターン) |
評価法 | Neerテスト・Hawkinsテストではなく、関節可動域の制限が特徴 |
治療方針 | 病期別のアプローチ(炎症期は安静、拘縮期は可動域訓練など) |
鑑別疾患 | 腱板断裂・石灰沈着性腱板炎・頸椎症性神経根症などとの鑑別視点 |
🧠 過去問題の例
Q. 肩関節周囲炎の拘縮期に適した理学療法介入はどれか。
A. 積極的な筋力トレーニング
B. 関節可動域訓練
C. 安静保持
D. 牽引療法
→ 正答:B
✅解説:拘縮期では可動域の改善が中心となるため、ROM訓練が基本。
✍️ 覚え方の工夫
- 病期分類は「え(炎症期)こ(拘縮期)かい(回復期)」の3段階で暗記。
- 関節可動域の制限は「外旋→外転→屈曲の順で硬くなる」と語呂で記憶。
📚 対策法
- 過去5年分の国家試験問題集に出てくる「肩関節周囲炎」の記述をチェック。
- 模試や予想問題集の解説を読むことで、鑑別疾患との比較や解釈の引き出しが増える。
Q&A
Q1. 痛みが強い時期でも運動して良いですか?
A. 炎症期は痛みが強いので無理な運動は避けますが、軽いストレッチや安静を保ちつつ動かせる範囲での運動は推奨されます。痛みの悪化を避けながら徐々に可動域を広げていくことが大切です。
Q2. 物理療法はどの段階で効果的ですか?
A. 炎症期には温熱療法は控えますが、拘縮期や回復期においては血流改善や筋緊張緩和を目的に温熱療法や超音波療法が効果的です。エビデンスに基づき、患者の状態に合わせた適切な選択が必要です。
Q3. 肩関節周囲炎と腱板断裂の違いは?
A. 肩関節周囲炎は原因不明の痛みと可動域制限が特徴ですが、腱板断裂は明確な外傷歴があり、筋力低下や特異的な徒手検査で診断されます。画像診断が確定に役立ちます。
Q4. 手術が必要になることはありますか?
A. ほとんどは保存療法で改善しますが、長期にわたり著明な拘縮が残り、生活に支障がある場合は関節鏡視下の拘縮解除手術が検討されます。ただし頻度は少なく、保存療法が基本です。
最新ガイドライン
肩関節周囲炎に関する最新のガイドラインでは、主に以下の点が示されています。
1. 疾患の病態理解と診断基準
2024年に改訂された日本整形外科学会のガイドラインでは、肩関節周囲炎の診断は「原因不明の肩関節の疼痛と運動制限を主症状とし、他疾患を除外したうえで臨床的に判断する」とされています。また、病期分類(炎症期、拘縮期、回復期)を重視し、段階に応じた治療戦略を推奨しています(日本整形外科学会, 2024)。
2. 保存療法の推奨
炎症期には過度な運動を避けつつ、疼痛管理を重視した保存療法を行うことが基本とされます。NSAIDsや局所注射(ステロイド注射)は疼痛緩和に効果的ですが、投与頻度や副作用に注意が必要です(日本整形外科学会, 2024)。
3. リハビリテーション
拘縮期には積極的な関節可動域訓練が推奨されます。理学療法士による個別評価を基に、疼痛を悪化させない範囲でのストレッチや筋力強化が有効です。ホームエクササイズ指導も重要とされています(JOSPT, 2022)。
4. 物理療法の位置づけ
温熱療法や超音波療法は拘縮期以降の治療補助として推奨されており、痛みの軽減や筋緊張の緩和に寄与すると報告されています(JOSPT, 2022)。
5. 手術療法
保存療法が無効で、著明な可動域制限が長期間続く場合に限り、関節鏡視下の癒着剥離術や関節包切開術が検討されると記載されています。手術は最終手段と位置付けられています(日本整形外科学会, 2024)。
書籍紹介
- 『整形外科リハビリテーション 第2版〜疾患ごとに最適なリハの手技と根拠がわかる (ビジュアル実践リハ) 』(神野 哲也、相澤 純也、羊土社)
- 『『入門』 肩痛と拘縮 肩甲帯機能に対する評価と治療【講義Web動画付き】』(吉田一也、ヒューマン・プレス)
- 『肩関節理学療法マネジメント−機能障害の原因を探るための臨床思考を紐解く』(村木 孝行、甲斐 義浩、メジカルビュー社)
- 『肩関節痛・頸部痛のリハビリテーション (痛みの理学療法シリーズ)』(村木 孝行、三木 貴弘、羊土社)
まとめ
肩関節周囲炎は、特に40~60代に多く見られ、原因不明の肩の痛みと可動域制限を特徴とする疾患です。初期の炎症期から拘縮期、回復期と時間経過によって症状が変化し、それに合わせた理学療法が必要となります。
本記事では以下の点を整理しました:
- 肩関節周囲炎の分類と原因、好発年齢
- 出現しやすい関連疾患(糖尿病、甲状腺機能障害など)との関係
- 理学療法による評価と治療手法
- 疼痛コントロールや拘縮への対応
- 物理療法・ホームエクササイズの活用
- ガイドラインに基づく治療方針と段階的アプローチ
肩関節周囲炎は自然回復も見込まれる疾患ですが、回復までに長期間を要し、患者のQOL(生活の質)に大きな影響を及ぼす可能性があります。したがって、エビデンスに基づいた理学療法と段階的アプローチが極めて重要です。
さいごに
肩関節周囲炎は、多くの方に見られる疾患ですが、その症状や経過は個人によって大きく異なります。本記事で紹介した評価法や治療法、ホームエクササイズはあくまで一般的なものであり、すべての方に適応できるわけではありません。
以下の点にご注意ください:
- 痛みや運動制限が強い場合は、自己判断せずに必ず医療機関を受診してください。
- 特に糖尿病や甲状腺疾患などの基礎疾患をお持ちの方は、専門的な対応が必要です。
- 物理療法や運動療法の実施については、理学療法士など専門職による評価と指導のもとで行うことが望ましいです。
このブログでは、読者の皆さんがより正確で信頼できる医療情報にアクセスできるよう、エビデンスに基づいた情報提供を心がけています。ご自身や患者さんの症状理解の一助になれば幸いです。
参考文献
- 日本整形外科学会. 肩関節周囲炎診療ガイドライン2024.
- 厚生労働省「国民生活基礎調査」2023.
- 日本整形外科学会診療ガイドライン「肩関節周囲炎(五十肩)ガイドライン2021」
- 村上栄一 他. 肩関節周囲炎の自然経過と治療. 整形外科と災害外科. 2007; 56(1): 45-50.
- Lewis J. Frozen shoulder contracture syndrome – Aetiology, diagnosis and management. Man Ther. 2015; 20(1): 2-9.
- 中村豊 他. 肩関節周囲炎の疼痛メカニズムと理学療法. 理学療法ジャーナル. 2019; 53(3): 266-271.
- 厚生労働省 国民生活基礎調査(2022年)
コメント