変形性股関節症(OA of the hip)は、関節軟骨の摩耗や変形によって痛みや可動域制限を引き起こす疾患で、40代以降の女性に多くみられます。医療学生や若手理学療法士がしっかり理解しておくべき、原因の分類、好発年齢、手術適応、術式、リハビリ、国家試験対策までを、この記事で体系的にまとめました。
股関節の解剖から評価・治療、さらには物理療法やホームエクササイズ、信頼できる書籍まで、臨床でも勉強でも活かせる知識を一気に学べます。
新人・学生の方でも理解しやすいよう、丁寧にわかりやすく解説していきます。
🌎統計データ・疫学
日本における変形性股関節症の潜在患者は約700万人と推定されており、そのうち実際に治療を受けているのは約50万人前後とされています(厚生労働省「平成28年 患者調査」より)。
男女比では女性に圧倒的に多く、約8割以上を女性が占めます。これは、日本において寛骨臼形成不全(発育性股関節形成不全)が原因となって発症する例が多いためと考えられています。
年齢別では40代以降で有症状化しやすく、加齢による軟骨変性や筋力低下、股関節への負担蓄積が発症・進行の一因となります。
🦵原因
変形性股関節症は大きく以下の2つに分類されます。
✅一次性と二次性の分類
- 一次性変形性股関節症
明らかな原因がなく、加齢に伴って関節軟骨が摩耗し、変性していくタイプ。欧米に多く、日本では少ない。 - 二次性変形性股関節症
**寛骨臼形成不全(臼蓋形成不全)**などの基礎疾患を背景に発症するタイプ。日本人に多く、特に女性に圧倒的に多い。
✅ 日本では、二次性変形性股関節症が約80〜90%を占める(日本整形外科学会)。
✅好発年齢・性差
- 好発年齢は40〜60歳以降。
- 性差では女性が約8割以上を占めます(骨盤形状や寛骨臼形成不全の発生率に関連)。
✅発症リスク因子
リスク因子 | 解説 |
---|---|
寛骨臼形成不全 | 日本人女性に多く、股関節の被覆が浅いために関節軟骨が早期に摩耗しやすい。 |
肥満 | 股関節にかかる荷重が増加し、関節の変形を助長する。 |
筋力低下 | 特に中殿筋・腸腰筋など股関節安定筋の弱化が進行に関与。 |
加齢・遺伝 | 軟骨細胞の老化、変性に伴う要素。家族歴がある場合は注意。 |
外傷歴(大腿骨頭骨折など) | 関節面の変形や破壊が、早期のOAを引き起こすことがある。 |
🦵出現しやすい疾患
寛骨臼形成不全
日本の変形性股関節症の最も代表的な原因疾患。臼蓋(股関節の受け皿部分)の発育が不十分で、股関節の被覆が浅くなり、軟骨への負担が増す。
関節リウマチとの鑑別
関節リウマチによる炎症性の変形とは異なり、非炎症性で徐々に進行するのが変形性股関節症。画像で滑膜炎や関節破壊の分布が異なる。
大腿骨頭壊死症との関連
大腿骨頭壊死症は、血行障害により骨頭が壊死し、二次的に関節面が不整になりOAへ移行することもある。若年者にも発症するため鑑別が重要。
🦵股関節の解剖学
関節構造
股関節は骨盤の寛骨臼と大腿骨頭による球関節で、深い構造により高い安定性を持ちます。
- 関節唇:軟骨性のフチ構造で、大腿骨頭を包み込み関節液を保持。
- 関節軟骨:摩擦を軽減し、荷重を分散。
- 関節包:関節を包む膜状構造で、靭帯と協働して安定性を確保。

周囲筋
筋名 | 役割 |
---|---|
中殿筋 | 骨盤を水平に保ち、歩行の安定に貢献(立脚期の主動作筋) |
腸腰筋 | 股関節屈曲を担当し、立ち座り動作に重要 |
小殿筋 | 中殿筋と同様、股関節外転・安定化に寄与 |
梨状筋 | 外旋筋群として股関節の安定に関与 |
🧤手術適応
変形性股関節症は、初期〜中期では保存療法(運動療法・薬物療法・物理療法)が行われますが、以下の条件では手術が検討されます。
手術が検討される条件
- 安静時痛・夜間痛が強い
- 歩行やADLに重大な制限が出ている
- 保存療法で症状が改善しない
- レントゲンで高度な関節破壊が認められる
術前評価における指標
- Harris Hip Score(HHS)
- 疼痛VAS
- 関節可動域制限と歩行能力
🧤手術の種類
人工股関節全置換術(THA)
最も広く行われている標準的手術法。
- 破壊された関節面を金属製やセラミックの人工関節に置き換える
- 可動域・疼痛改善に効果が高く、再発リスクが低い
- 高齢者に適応が多い
✅ 10年後のインプラント生存率は95%以上と報告されている(J-STAGE, THA予後研究)
寛骨臼回転骨切り術(RAO)
- 臼蓋の向きを変えて被覆を改善する骨切り術
- 軟骨がある程度残存している若年女性に選択されやすい
大腿骨骨切り術(VOO)
- 大腿骨頸部や骨幹部の角度を変えて荷重軸を再配分する手術
- 特に寛骨臼形成不全と大腿骨変形を伴う例に適応
🦵術後に筋力低下しやすい筋肉
変形性股関節症の手術後、特に影響を受けやすいのは股関節の安定性や荷重支持に関わる筋群です。以下に、主要な筋肉について詳述します。
中殿筋(Gluteus medius)
項目 | 内容 |
---|---|
起始 | 腸骨翼の外側面(腸骨稜の下〜前殿筋線まで) |
停止 | 大腿骨大転子の外側面 |
作用 | 股関節外転・骨盤の水平保持(歩行時に重要) |
- 手術侵襲や筋切開の影響で一時的に筋力低下しやすく、トレンデレンブルグ歩行の原因にも。
- 機能:中殿筋は歩行時の片脚立脚期において、骨盤が傾かないように支える重要な筋肉です。
- 術後の問題:THA(人工股関節全置換術)では、アプローチによって中殿筋の筋膜や筋繊維が切離・牽引されることがあり、筋出力が著しく低下するリスクがあります。
- 臨床的所見:筋力低下によりトレンデレンブルグ徴候や跛行が出現しやすくなります。
- リハビリでの課題:術直後から中殿筋の再活性化と段階的な荷重訓練が不可欠。
跛行については別記事👉『跛行とは?原因となる筋力低下・起こりやすい疾患・リハビリアプローチを徹底解説!』で詳しく解説🦵
腸腰筋(Iliopsoas)
項目 | 内容 |
---|---|
起始 | 腸骨筋(腸骨窩)+大腰筋(T12~L5椎体) |
停止 | 大腿骨小転子 |
作用 | 股関節屈曲・体幹の前傾補助 |
- 術後の股関節屈曲制限や臥床による不活動での筋萎縮が起こりやすい。
- 機能:腸腰筋は股関節の屈曲動作(例:歩行の遊脚期や椅子からの立ち上がり)で主働する筋群です。
- 術後の問題:アプローチ(特に前方・前外側)によっては、腸腰筋の癒着や短縮、疼痛が発生することがあります。
- 臨床的所見:股関節屈曲時の抵抗痛や、膝を上げにくい感覚(=階段昇降困難)が見られます。
- リハビリでの課題:股関節屈曲角度制限がある時期には無理せず、神経筋再教育と徐々に可動域を広げるアプローチが重要。
小殿筋(Gluteus minimus)
項目 | 内容 |
---|---|
起始 | 腸骨の外側面(前殿筋線〜下殿筋線の間) |
停止 | 大腿骨大転子の前面 |
作用 | 股関節外転・内旋(補助的)・関節安定化 |
- 機能:中殿筋と並び、股関節の動的安定化に貢献します。
- 術後の問題:前外側アプローチではこの筋の牽引・剥離が行われることが多く、筋萎縮や疼痛が長引くことがあります。
- 臨床的所見:軽度の外転障害・歩行時の違和感・バランス保持困難。
- リハビリでの課題:荷重位での筋活動を再構築し、片脚立位バランス訓練へとつなげる。
バランスとは?👉『バランスと姿勢制御のリハビリ|アンクル・ヒップ・ステップ戦略の評価と臨床応用』で詳しく解説📚
大腿四頭筋(Quadriceps femoris)
項目 | 内容 |
---|---|
起始 | 大腿直筋(下前腸骨棘)、中間広筋・外側広筋・内側広筋(大腿骨) |
停止 | 膝蓋骨を介して脛骨粗面 |
作用 | 膝関節伸展、股関節屈曲(大腿直筋) |
- 股関節周囲だけでなく、歩行制限→下肢筋群全体の筋力低下につながる。立ち上がりや階段昇降に影響。
- 機能:股関節機能だけでなく、膝関節の安定や階段昇降、立ち上がりに必要不可欠な筋群。
- 術後の問題:股関節痛や活動制限からくる廃用性筋萎縮や、股関節屈曲制限により大腿直筋の活動低下が生じやすい。
- 臨床的所見:膝折れ、立ち上がり困難、膝の不安定感。
- リハビリでの課題:早期からの等尺性収縮訓練や電気刺激による筋活動の再開が推奨される。
💡臨床アドバイス:手術アプローチによって損傷を受ける筋が異なるため、術前に医師からの手術記録を確認し、個別リハビリ設計を行うことが極めて重要です。
📚動作への影響
変形性股関節症(OA of the hip)は、関節軟骨の変性や骨棘の形成、可動域制限、痛みにより日常生活動作(ADL)に大きな影響を与えます。ここでは、術前と術後に分けて、代表的な動作への影響を整理します。
術前の動作への影響
✅立ち上がり動作の困難
- 要因:股関節屈曲角度制限や疼痛、殿筋群の筋力低下により、立ち上がり時に上半身を過度に前傾させる代償動作が現れやすい。
- 臨床所見:立ち上がる際に「膝に手をつく」「反動をつける」などの姿勢がみられる。
- 評価ツール例:5回立ち上がりテスト(Five Times Sit to Stand Test)
✅歩行障害(跛行・トレンデレンブルグ歩行)
- 要因:中殿筋の筋力低下や股関節内転拘縮により、骨盤の左右非対称性が生じ、トレンデレンブルグ歩行や代償的な体幹側屈が出現。
- 歩行速度の低下、歩幅の短縮が顕著となり、転倒リスクも増加。
✅階段昇降困難
- 要因:腸腰筋・大腿四頭筋の筋力低下および屈曲制限の影響で、階段を「引きずるように昇る」「手すりを強く使う」傾向。
- 臨床的ポイント:可動域と筋力の両面からの評価が必要。
術後の動作への影響
✅荷重移動の不安定さ(初期リハビリ期)
- 要因:術後直後は患側への荷重を避けるようになり、左右のバランス感覚が著しく低下。
- 対策:早期リハビリでの部分荷重訓練→全荷重訓練への段階的進行が鍵。
✅歩行再建の過程
- 術後1週目〜:歩行器やT字杖での補助歩行。中殿筋・小殿筋の筋力が未回復のため、跛行傾向は残存。
- 術後3〜4週以降:筋力と関節可動域の改善に伴い、歩行パターンも正常化していく。
- 課題:正しい歩行パターンを再学習しないと、代償動作が長期的に固定される。
✅起立・着座動作の不安
- 要因:大腿四頭筋や腸腰筋の筋出力の低下と股関節屈曲角度制限。
- 指導:高さのある椅子、補高便座など環境整備を行い、適切な荷重軌道での練習を促す。
✅和式生活との相性
- 課題:術後の股関節脱臼リスクや可動域制限により、「しゃがみ込み」「あぐら」「正座」などの和式生活動作は制限されることが多い。
- 生活指導:洋式トイレや椅子中心の生活への変更が望ましい。
📝 ポイントまとめ
- 股関節機能低下は、立ち上がり・歩行・階段動作・床動作に直接影響。
- 術後は動作パターンの「再学習」がリハビリ成功の鍵。
- 補高や福祉用具の併用で、安全性と自立支援の両立を図る。
📚理学療法評価
変形性股関節症(Hip OA)の理学療法において、正確な評価はリハビリの方向性を決定づける基盤です。ここでは、保存療法期と術後期に分けて、それぞれの段階で必要な評価項目とその目的を解説します。
保存療法時の評価
① 疼痛評価
- 目的:動作中・安静時の痛みの把握は、運動処方の難易度を左右します。
- 評価方法:NRS(Numerical Rating Scale)、VAS(Visual Analogue Scale)
- 活用:疼痛強度の変化を客観的にモニタリングし、運動強度や物理療法の選択根拠に。
② 関節可動域(ROM)測定
- 目的:関節拘縮の程度を把握し、目標設定に活用。
- 評価部位:股関節屈曲・伸展・外転・内転・内旋・外旋(特に内旋・屈曲制限が早期に現れやすい)
- ポイント:股関節の「終末感(end feel)」や疼痛誘発角度も併せて記録。
③ 筋力評価(MMT)
- 目的:支持性・安定性・運動出力の把握。
- 重点部位:中殿筋・大殿筋・腸腰筋・大腿四頭筋・ハムストリングス
- 活用:歩行や立ち上がり動作の困難さの原因分析に必須。
④ 動作分析(ADL評価)
- 目的:機能障害と能力障害の接点を見つける。
- 観察項目:
- 立ち上がり動作時の体幹前傾
- 歩行中の跛行(トレンデレンブルグ兆候)
- 階段昇降での左右非対称性
- 指標例:TUG(Timed Up and Go Test)、歩行速度、歩幅、Cadence
⑤ 生活環境評価
- 目的:生活動作や自宅環境の把握は転倒予防にも直結。
- 内容:床生活の有無、椅子・便座の高さ、手すりの設置状況など。
術後の評価(THA術後など)
① 疼痛評価
- 目的:術後合併症の早期発見および運動開始の指標。
- 評価方法:NRS、VAS、夜間痛の有無、患部周囲の圧痛など
② 創部・腫脹・皮膚状態
- 目的:感染や血腫、創部離開の有無をチェック。
- 観察ポイント:赤み、熱感、排膿、皮膚緊張の左右差
③ 関節可動域(ROM)
- 目的:脱臼肢位を避けたうえで、安全な可動域の範囲を明確化。
- 注意点:前方アプローチでは伸展+外旋、後方アプローチでは屈曲+内転+内旋が危険肢位。
④ 筋力評価(術後筋抑制に留意)
- 目的:術後の**筋出力低下(術後インヒビション)**の程度を把握。
- 重点筋群:中殿筋・小殿筋・大腿四頭筋
- 注意点:MMTではなく**徒手筋力計(HHD)**の活用も有用(文献:J Orthop Sports Phys Ther, 2021)
⑤ 起立・歩行能力
- 目的:杖や歩行器の選定、安全な移動方法の確立。
- 評価方法:歩行距離、トレンデレンブルグ徴候、荷重バランス(左右)
⑥ 日常生活動作(ADL)の自立度
- 目的:退院後の生活支援・指導計画の基礎。
- 内容:ベッド⇔車椅子移乗、トイレ動作、靴下着脱、浴槽跨ぎ動作など。
- 指標:FIM(Functional Independence Measure)
📝 臨床のヒント
- 評価の最大の目的は「動作の障害の原因を可視化すること」。
- 保存期は進行予防と疼痛軽減の方向性、術後期は機能再建と再獲得の支援に評価を活かす。
- 評価は訓練計画立案 → 実行 → 再評価のサイクルで回すことが重要。
📚理学療法治療
変形性股関節症(Hip OA)の理学療法では、「保存療法期」と「術後期」で治療目標やアプローチが大きく異なります。それぞれの段階で最適な治療法を選択することが、痛みの軽減・機能維持・生活の質(QOL)向上に直結します。
保存療法期の理学療法
① 治療目標
- 関節への負担軽減
- 疼痛緩和
- 可動域の維持・改善
- 支持筋の強化と安定性の向上
- 日常生活の動作指導と代償動作の最小化
② 主な治療内容
治療法 | 目的 | 内容・具体例 |
---|---|---|
関節可動域訓練 | 拘縮の予防と改善 | 他動運動(特に内旋・屈曲)、関節モビライゼーション |
筋力強化訓練 | 股関節周囲筋の安定性向上 | 中殿筋・大殿筋・腸腰筋・大腿四頭筋(ゴムバンドや自重トレ) |
姿勢・動作指導 | 関節への負担を最小化 | 立ち座り、階段昇降、杖の使い方、片脚立ち練習 |
ストレッチ | 筋・筋膜の柔軟性向上 | 腸腰筋、ハムストリングス、外旋筋群 |
歩行訓練 | 歩容改善とトレンデレンブルグ徴候の是正 | 杖の活用・荷重指導・正中保持歩行 |
🧠 コツ
- 「中殿筋の早期収縮訓練」は、跛行改善に特に有効(中殿筋の機能低下は歩行障害の主要因)。
- 過負荷にならないよう、「痛みを伴わない範囲で漸進的に」行うことが大切。
術後期の理学療法(THA後など)
① 治療目標
- 創部保護と脱臼予防
- 可動域の安全な回復
- 筋力の再獲得
- 歩行やADLの自立支援
- 再発・再置換のリスク軽減
② 主な治療内容
治療法 | 時期 | 内容・具体例 |
---|---|---|
創部管理・ポジショニング | 術後早期(〜1週) | 仰臥位で股関節軽度外転・中間位保持、外転枕の使用など |
関節可動域訓練 | 術後2日目〜 | 危険肢位を避けた自動〜他動運動(アプローチによる) |
筋力強化訓練 | 術後1週目〜 | アイソメトリック(中殿筋・大腿四頭筋)から開始、HHDで段階的に |
歩行訓練 | 術後3日目〜 | 歩行器→T字杖→単独歩行へ、荷重制限は術式による |
ADL訓練 | 術後1週目〜 | トイレ動作・椅子への座り方・靴下着脱動作など |
転倒予防訓練 | 術後2〜3週以降 | バランストレーニング(平衡パッド、ステップ動作など) |
③ 脱臼予防のポイント
アプローチ | 禁忌肢位(NG動作) |
---|---|
後方アプローチ | 屈曲+内転+内旋 |
前方アプローチ | 伸展+外旋+外転 |
✅ 注意:股関節脱臼は術後1~2ヶ月以内が最多(J Arthroplasty, 2020)
特にトイレや浴槽の動作中に多発するため、動作訓練は実生活に即した環境で実施を。
補足:保存・術後に共通する治療戦略
- 痛みの管理:物理療法や薬物療法と並行してリハビリ介入
- セルフエクササイズ指導:通院できない日にも継続できる自主トレメニュー(後述)
- 多職種連携:医師・看護師・作業療法士・薬剤師と情報を共有し、統合的アプローチを推進
🧪 エビデンス紹介
- 中殿筋の強化による歩行機能改善(Kan et al., 2019, Journal of Orthopaedic Research)
- THA術後における荷重訓練の安全性(Marsh et al., 2020, J Bone Joint Surg Am)
- 保存療法の長期予後は「筋力」「BMI」「疼痛コントロール」で決まる(Arokoski et al., Arch Phys Med Rehabil, 2004)
💡物理療法
変形性股関節症における**物理療法(Physical Therapy Modalities)**は、保存療法でも術後でも重要な役割を果たします。痛みの軽減や筋機能の補助、血流改善などを目的とし、理学療法と組み合わせて実施されます。
保存療法期の物理療法
① 目的
- 関節痛の緩和
- 筋肉や関節周囲の循環改善
- 運動療法に向けた前処置(疼痛閾値の低下)
- 心理的安心感の提供(温熱のリラクゼーション効果)
② 主な物理療法の種類と効果
物理療法 | 効果 | 使用方法・特徴 |
---|---|---|
ホットパック(温熱療法) | 筋の緊張緩和・血流改善 | 15〜20分、股関節前面や殿部などに実施。運動前の準備に有効。 |
超音波療法 | 深部温熱・微小マッサージ効果 | 1MHzで深部組織まで温める。1日1回、5〜10分程度。 |
干渉波(低周波電気刺激) | 疼痛緩和・筋緊張低下 | 中〜高齢者で特に有効。股関節周囲のトリガーポイント部に適用。 |
赤外線療法 | 表在温熱・血流改善 | 自宅での市販機器使用も可能で、セルフケアに有効。 |
③ 保存療法での注意点
- **温熱刺激による皮膚損傷(熱傷)**に注意
- 感覚鈍麻がある場合や糖尿病性神経障害がある場合は温熱刺激を避ける
- 「疼痛緩和=治った」ではないため、運動療法と併用して進めるのが基本
💡エビデンス:
温熱療法は運動療法前の前処置として関節可動域拡大を補助する(Cochrane Database, 2016)
術後期の物理療法(THA後など)
① 目的
- 創部周囲の浮腫軽減・疼痛緩和
- 筋萎縮の予防・再教育
- 創部周囲の循環改善
- 手術後の早期離床・可動域訓練のサポート
② 術後に行われる主な物理療法
物理療法 | 時期 | 目的・ポイント |
---|---|---|
冷却療法(アイシング) | 術後〜1週 | 創部の炎症・腫脹抑制、疼痛軽減。1回15〜20分、1日数回。 |
筋電気刺激療法(NMES) | 術後2〜3日〜 | 中殿筋や大腿四頭筋への筋再教育。徒手で収縮困難な場合に有効。 |
超音波療法(低出力) | 術後2週目〜 | 骨癒合や軟部組織の回復促進。創部から離して使用。 |
低出力レーザー療法(LPLT) | 術後1週〜 | 疼痛緩和と軟部組織の修復補助。医療機関により導入状況が異なる。 |
③ 術後期での注意点
- 創部付近への物理刺激は医師の許可後に限定
- **深部静脈血栓症(DVT)**リスクをふまえて過度な温熱やマッサージは避ける
- 創傷治癒を妨げないよう出力・範囲を慎重に設定
🧠豆知識:
術後の冷却療法は「VAS疼痛スコアの有意な改善」に寄与(Nakamura et al., Clin Rehabil, 2017)
NMESは中殿筋・大腿四頭筋の早期活動再開に効果的(Wainwright et al., 2020)
物理療法とセルフケアの両立がカギ
通院での物理療法に加え、自宅でも継続できる温熱・軽い電気刺激機器の活用が再発予防に有効です。医療者と相談しながら安全に導入していきましょう。
🦵ホームエクササイズ
変形性股関節症のリハビリでは、自宅で継続できる運動=ホームエクササイズが非常に重要です。通院だけでは十分な筋力強化や柔軟性改善が難しいため、保存期・術後どちらでもエビデンスに基づいた自主トレーニングが推奨されます。
保存期のホームエクササイズ
① 目的
- 股関節周囲筋の安定性向上
- 関節の柔軟性維持
- 日常生活動作(ADL)の改善
- 関節の変形進行の抑制
② 具体的なエクササイズ
種類 | 方法 | 注意点 |
---|---|---|
股関節外転運動 | 横向きで下肢を伸ばして、上側の脚をゆっくり持ち上げる(中殿筋) | 腰が反らないように注意 |
橋(ヒップリフト) | 仰向けで膝を立て、お尻を持ち上げる | 大殿筋と体幹の安定性UP。痛みがある場合は中止。 |
太もも内側筋トレ(内転筋) | 膝の間にボールやクッションを挟み、押し合う | 軽い力から開始し、痛みを伴わない範囲で。 |
関節可動域訓練(ストレッチ) | 仰向けで膝を抱える・股関節の外旋内旋運動など | 反動をつけず、ゆっくりと呼吸しながら行う。 |
💡ポイント:
1回10〜15回を1〜2セット、週に3〜5回を目安に継続。
痛みの強い日には休息を優先し、継続できる範囲で無理なく行うことが大切です。
術後(THA後など)のホームエクササイズ
① 目的
- 手術で落ちた筋力の再獲得(特に中殿筋、大腿四頭筋)
- 関節可動域の回復
- 歩行や階段昇降などのADL回復
- 再脱臼・再発の予防
② 具体的なエクササイズ
種類 | 方法 | 注意点 |
---|---|---|
中殿筋強化(横向き外転) | 側臥位で患側脚を持ち上げる | THA術後は角度制限に注意(30°程度まで) |
足踏み運動 | 椅子につかまりながら片足ずつ足踏み | 荷重訓練とバランス能力の向上 |
膝伸展運動 | 椅子に座り、膝を伸ばして数秒キープ(大腿四頭筋) | 呼吸を止めないこと |
立位でのヒップエクステンション | 椅子につかまりながら後方へ脚をゆっくり伸ばす | 腰が反らないように体幹を安定させる |
🧠ワンポイント:
術後2〜4週目あたりから軽度な筋トレを開始し、主治医や理学療法士の指導に従って進行します。自己判断での負荷増加は禁物です。
ホームエクササイズの実施のコツ
- 毎日同じ時間帯に実施することで習慣化
- 鏡を見ながら行うことでフォームの確認ができる
- 痛みがある日は中止し、無理をしない
- 理学療法士から運動処方箋を受けて個別化することが理想
📚国家試験対策
変形性股関節症(OA of the hip)は、国家試験においても整形外科領域の頻出テーマの一つです。特に臨床推論、画像読影、理学療法の方針など、出題形式が多様化しているため、以下のような知識を整理しておきましょう。
① よく出るポイント
項目 | 試験対策の要点 | 備考 |
---|---|---|
原因 | 先天性股関節脱臼(DDH)に続発することが多い | 小児期の病歴との関連に注目 |
病期分類 | 進行期・末期のレントゲン所見(関節裂隙の狭小化・骨棘形成) | Kellgren-Lawrence分類も押さえる |
症状 | 歩行痛・運動時痛・可動域制限(特に外旋・外転) | 早期には疼痛のみでX線所見が乏しいことも |
筋力低下 | 特に中殿筋と腸腰筋が重要 | トレンデレンブルグ徴候に関連 |
評価 | Harris Hip ScoreやJHEQなど、機能評価スケールの理解 | 理学療法評価と連動する内容 |
治療 | 保存療法の具体例(減量・運動療法・物理療法)と手術(THA) | THA後の脱臼予防肢位の理解も必要 |
② よくある問題例と対策
設問例(過去問・形式)
「60歳女性。股関節痛で歩行が困難。X線画像で関節裂隙の狭小化と骨棘を認める。考えられる疾患はどれか?」
A. 変形性股関節症
B. 大腿骨頸部骨折
C. 関節リウマチ
D. 大腿骨頭壊死
✅ 正答:A
→「加齢女性・X線所見・歩行痛」の3点から判断する。
実技・実践応用への対策
- トレンデレンブルグ徴候:中殿筋の機能と歩行分析
- THA後の禁忌肢位:股関節屈曲90°以上、内転、内旋の組み合わせ
- 股関節可動域制限とADL影響:靴下を履く動作、階段昇降の困難さ
③ 覚えておきたい略語・分類
略語 / 用語 | 内容 |
---|---|
OA | Osteoarthritis(変形性関節症) |
DDH | Developmental Dysplasia of the Hip(発育性股関節形成不全) |
THA | Total Hip Arthroplasty(人工股関節全置換術) |
Harris Hip Score | 股関節機能評価スケール |
Kellgren-Lawrence分類 | X線画像に基づくOAの重症度分類(Grade 0〜4) |
💡臨床につながる知識を意識して勉強することで、記憶の定着と応用力が高まります。問題を解く際には、「患者背景→症状→画像→治療方針」の順で考える癖をつけましょう。
💡Q&A
Q1:変形性股関節症はなぜ女性に多いの?
A:女性に多い理由は、発育性股関節形成不全(DDH)の影響が大きいからです。
日本人女性は、乳児期に「股関節脱臼」や「臼蓋形成不全」などのリスクが高く、成長とともにその後遺症が残ることがあります。これが加齢とともに進行し、変形性股関節症へ移行するケースが多いのです。さらに、筋力や骨密度の違い、出産・ホルモンバランスなども関与しているといわれています。
Q2:人工股関節を入れたらどのくらい歩けるようになるの?
A:多くの方が痛みから解放され、日常生活レベルの歩行が可能になります。
人工股関節全置換術(THA)後は、術前にあった痛みの大部分が軽減され、術後3〜6か月で杖なしで歩行できるようになる人が多いです。ただし、脱臼予防のための動作制限や、筋力低下の予防が必要です。理学療法による訓練を継続することが、回復の鍵になります。
Q3:保存療法ってどんなことをするの?
A:関節にかかる負担を減らし、股関節周囲の筋肉を鍛えることが中心です。
保存療法では、以下のようなアプローチが行われます。
- 運動療法(中殿筋や腸腰筋の強化)
- 減量指導(体重減少で関節負担軽減)
- 物理療法(温熱や電気刺激など)
- 生活指導(正しい歩き方や姿勢の指導)
これらによって、関節の進行を緩やかにし、手術を回避または延期することが目指されます。
Q4:手術後の注意点は?日常生活で気をつけることは?
A:脱臼に注意し、無理のない動作を心がけましょう。
特に手術直後は、以下の動作は避けましょう。
- 深くしゃがむ(股関節の屈曲90°以上)
- あぐらや正座
- 股関節を内側にひねる動き(内旋)
退院後も、杖や椅子の高さ、トイレの使用方法などに配慮が必要です。
詳しい注意点は、理学療法士や医師の指導を受けながら確認しましょう。
Q5:将来、両側とも手術になることもある?
A:変形が両側に進行している場合、可能性はあります。
変形性股関節症は片側から始まっても、反対側も進行するケースが多いです。特に、片側をかばって歩くことで、もう一方に負担がかかることがあります。ただし、早期に保存療法を取り入れることで進行を抑えることができるため、定期的なチェックと運動が重要です。
💡 コラム的に補足: 変形性股関節症は、**「長くつきあう慢性疾患」**ともいえます。医療者自身も、患者さんと一緒に寄り添う姿勢が重要です。
📚最新ガイドライン【保存療法・手術・リハビリの指針】
保存療法のガイドライン
変形性股関節症における保存療法は、初期〜中期において非常に重要なアプローチとされています。
以下は、2020年のOARSI(国際変形性関節症学会)や日本整形外科学会の提言に基づく保存療法の基本方針です。
主要な推奨内容:
内容 | 詳細 |
---|---|
運動療法 | 中殿筋・腸腰筋の強化が推奨され、週2〜3回の指導付きプログラムが有効(文献①) |
減量 | BMIが高い患者に対しては5〜10%の体重減少が痛み軽減に有効(厚労省・文献②) |
教育と生活指導 | 姿勢・歩行・座り方など日常動作の工夫を含め、患者教育が重要 |
薬物療法 | NSAIDsやアセトアミノフェンの適切な使用が推奨されている |
✅ 特に、運動療法+生活指導+体重管理の3点セットが最も効果的とされます。
手術療法(THA)のガイドライン
日本整形外科学会では、以下のような人工股関節全置換術(THA)の適応基準と術後の注意点を示しています。
術式と適応:
- **対象:**保存療法で効果が乏しく、日常生活に著しい支障を来している中〜末期の患者
- **方法:**セメントレスTHAが主流。年齢・骨質によって選択
- **目標:**疼痛除去、可動域改善、QOLの向上
合併症・再手術:
- 脱臼、感染、ゆるみ、摩耗などが報告されており、長期フォローが必要
- 最新の人工関節では、20年以上の耐用年数を示すものもあり(文献③)
術後リハビリのガイドライン
術後早期の方針(〜術後3週):
- 早期離床:術後24時間以内の立位訓練が推奨される
- 疼痛コントロールと自主訓練の併用で廃用予防を図る
- 脱臼肢位の教育と生活動作訓練が初期の中心
術後中期〜退院後(1〜3か月):
- 股関節周囲筋の筋力強化(特に中殿筋・大腿四頭筋)
- 歩行パターン修正、杖歩行訓練
- 自宅での継続的な自主トレーニングの指導
長期的なフォロー:
- 定期的な可動域・筋力評価
- 必要に応じて再介入(再訓練・装具指導)
🔍 2021年の厚生労働省研究班報告でも、術後の早期理学療法と継続的な在宅運動指導の重要性が強調されています(文献④)。
引用文献(抜粋):
- OARSI Guidelines for the Non-Surgical Management of Hip Osteoarthritis(2020)
- 厚生労働省「変形性関節症の生活指導とリハビリ」2021
- 日本整形外科学会「人工股関節全置換術の適応と成績」(2022年版)
- 厚生労働科学研究班「THA後のリハビリテーションに関する報告書」(2021)
📚変形性股関節症に役立つおすすめ書籍
- 『極める変形性股関節症の理学療法: 病気別評価とそのアプロ-チ (臨床思考を踏まえる理学療法プラクティス)』(加藤 浩、文光堂)→Amazonリンク
- 『人工股関節全置換術の理学療法』(対馬栄輝、文光堂)→Amazonリンク
- 『BHA・THA 人工股関節置換術パーフェクト〜人工骨頭置換術・人工股関節全置換術の基本とコツ』(稲葉 裕 、神野 哲也 、 加畑 多文、羊土社 )→Amazonリンク
- 『運動器疾患の「なぜ?」がわかる臨床解剖学 第2版』(工藤慎太郎 川村和之 颯田季央 森田竜治 河西謙吾 、医学書院)→Amazonリンク
💡まとめ|変形性股関節症は多面的なアプローチが鍵
変形性股関節症は、関節軟骨の変性と骨変化により、疼痛・可動域制限・筋力低下・歩行障害を引き起こす進行性疾患です。
特に女性や高齢者に多くみられ、原因には先天性股関節脱臼や臼蓋形成不全、加齢などが関与します。
本記事で解説したポイントは以下の通りです:
- 保存療法では、運動療法・物理療法・日常生活指導を通して、症状の軽減と進行抑制を目指します。
- 手術療法(THAや骨切り術)では、疼痛改善と機能再建が期待でき、術後のリハビリテーションも重要です。
- 術後は中殿筋や腸腰筋などの筋力低下が生じやすく、特に歩行や立位保持の安定性回復に向けた訓練が不可欠です。
- 理学療法評価では、疼痛・ROM・筋力・動作分析などを通して全体像を把握し、治療方針に反映させます。
- 物理療法やホームエクササイズは、急性期から維持期まで、エビデンスに基づき計画的に導入します。
- 国家試験対策としては、病態・画像所見・治療方法・リハ内容などが問われやすいため、重点的に学習しましょう。
変形性股関節症の理学療法では、「評価→課題抽出→個別目標設定→継続的な再評価」の流れが大切です。
保存期・術後のそれぞれの時期において、適切な介入を時期・状態に応じて使い分けることで、患者さんのQOL向上につながります。
💡さいごに|自己判断は禁物、専門的評価と治療が大切
本記事では、変形性股関節症に関する保存療法・手術・リハビリ・自宅での運動まで包括的に解説しました。
しかし、股関節の痛みや不具合の原因は人によって異なり、必ずしも本記事の内容がすべての方に当てはまるとは限りません。
特に以下の点にご注意ください:
- 股関節の痛みの原因は他の疾患(関節リウマチ・大腿骨頭壊死・坐骨神経痛など)である場合もあります。
- どの治療や運動が適しているかは、医師や理学療法士による評価と診断が前提です。
- 症状が続く場合や悪化している場合は、早めに整形外科を受診し、専門的な検査や治療を受けましょう。
この記事が少しでも、あなたやあなたの患者さんの理解や支援の手助けになれば幸いです。
💡坐骨神経痛については👉『坐骨神経痛とは?原因・治療・リハビリのすべてを医療従事者向けにわかりやすく解説』で詳しく解説しています🦵
📚参考文献
- 厚生労働省:令和4年度 国民生活基礎調査
- 日本整形外科学会:変形性股関節症 診療ガイドライン(2020年改訂版)
- J-STAGE:変形性股関節症に対する保存療法の効果に関する研究(理学療法科学、Vol.36 No.4, 2021)
- 宮田靖志 他:人工股関節全置換術後の理学療法(整形外科看護, 2020)
- 小川清明:『人工関節置換術後の運動療法 改訂第2版』南江堂, 2021
コメント